耳鳴りは治りました。
首をツヨにぐぐっと引っ張られたからかもな~と思って
ロキソニンを飲んで湿布をして寝たら
翌日は大丈夫でした。
胃にはよくないけれどロキソニンは炎症で辛い時はたまにお世話になります。
でも薬に頼らない生活をするのが基本ですけれどね。^^
ツヨがご機嫌な時に
神妙な顔で向き合って語りかけてみました。
「ツヨちゃん。」
ハッと真剣な表情になります。
「ママをぶったらいけない。」
と言ってみました。
「パチンはいいの?ダメ?」
と尋ねると・・・
じっと目を見つめて私の頬をそっと触ってきました。
『ぼくはここをパチンしたよ・・・』(心の声)
「いいの?ダメ?」
ツヨが自分の手でバッテンのジェスチャー。
『だめ。だめ。』
「そうだね。ダメだね。もうぶったらダメだよ。」
ツヨの分かる言葉を使って短く語りかけました。
「約束ね。」
あ、約束って分からないか・・・
と思ったとき、
ツヨが小指を「ゆびきり」の形にしてそっと差し出しました。
あぁ、約束ができるんだね。学校で先生と去年たくさんしていたものね。
その時は約束の意味なんて分かるのかな、って思っていたけれど
そうか、きっとなんとなく意味合いは分かっているんだよね。
私よりまだほんの少し小さい手。
そっと差し出した真面目な小指を見て、
これが本当のこの子なんだ、と思いました。
5月3日(金・憲法記念日)
「春の子ども祭り」ということで 毎年恒例 子ども太鼓台運行。
T&Yも 高学年になったので、「役」につけます。
「役」とは・・・・・指揮者や 太鼓係、重係、お花係など。
はりきって ニッカ(工事現場とか鳶のお兄さんが着てるズボン)も買っちゃいました。(^_^;)
出発最初の 「役」は 2人そろって 憧れの指揮者!!
でも、重係(太鼓台の上に登って 太鼓台に木の枝などが引っかからないように見る係)
の時の 公園での かきくらべの最後には、大人の人達が 寄せ太鼓で差し上げ。
太鼓台は 宙に浮いています(^_^;)
怖かったらしく 2人共 顔も出さずに 引っ込んでいます。
一番の 見せ所なのに・・・。
次の日、T・Yは疲れも見せず 普段通りに起きて 遊んでいました。
私のほうが、疲れて 軽く・・・いや、ガッツリ筋肉痛で死んでいました。
足や 腕、脇腹まで 筋肉痛。
秋は3日間 運行があります。私は ついていけるんだろうか?!
先日撮影したお花。今度はどど~んとアップで。
マクロレンズで寄っています。
撮り方によって、同じ花でも随分印象が変わってきますよね。
ところで。
先日書いた「写真講座」。
今年は、新しい形で写真講座をやってみたいと思っています。
今までは、ママ限定で1回限りの初級写真講座をやっていたのですが、
やはりそれだと、その生徒さんがどこまで理解してくれたのか、
その後どうなっているのかが分からない。
きちんと分かったかな~?
あれ以降も写真撮ってるかな~?と気になることしばし。
「楽しかったです」
「カメラをよく持つようになりました」
色々お声は聞くのですが、でも、やっぱり気になる。
教えたいこと、まだまだいっぱいあるのに・・・って。
一回だけじゃ、限界あるよなぁ~と。
なので、今回は連続で、そして個人的に教えてみたいと思っています。
本当は、ここ数年ず~っとやりたいと思っていたのですが、どうも腰が重くて実行に移せませんでした。
が、今年年初に偶然ラジオで耳にした Cyta.jp というプライベートコーチのサイト。
興味を持ってサイトを見てみ
スポーツ観戦が好きで、自分の好きな選手を応援することと ブログで スポーツを見た...
久しぶりにランキングに参加しています。また応援していただけるとうれしいです^^ ...
最近、うちの村のアンソニーが裸ワイシャツでウロウロしている。村長として注意すべきか悩むところ村民の間でも問題視されているようだ。どうしよう。そのアンソニーはタケルくんといい仲になっているらしいそのタケルくんは今朝うちに遊びに来て一緒にダンスをしました。...
人は何のために生まれ、そして生きていくのか
そんな、原点に帰るような出来事があった
私の従姉妹
ひとつ上の彼女とは、小さい頃は、よく一緒に遊び
毎年夏には、お揃いの浴衣を作ってもらい
一緒に写った写真が残っている
私に双子の娘たちが生まれた翌年
彼女にも、双子が生まれ
うちで使わなくなったベビーベッドを譲ったりして
子育ての情報を交換し、
子どもたちが大きくなってからは、双子のサークルに一緒に顔を出し
双子の子育ての先輩として、アドバイスをしたこともある
彼女が、一年の闘病生活のすえ、旅立ってしまった
いつもやさしく、スポーツもずっと続け元気だった彼女だけに
信じられない出来事に、大きなショックを受けている
彼女は、その双子を含む4人の子を育てた
子育て中も仕事を続けていたので、
その苦労は私には推し量ることのできないものがあったことと思う
でも、その通夜や葬儀の席で、遺された4人の子どもたちの姿を見ていて
彼女の命は、確実にその子どもたちの中に引き継がれたのだと
改めて思った
私たちが、子どもたちを育てる
その子どもたちが、また親の心を受け継いで、新たなる家族を作り出す
こうして、命は確実にリレーされていくのだろう
私も、子どもたちに精一杯、自分の生き方を伝えたい
彼女に恥じない生き方をしていきたい
どんな環境下に置かれても、”生きている”その幸せを伝えて行きたい